カーラジオから俳句を学ぶ番組が聞こえて来た。
何やら「しょうもんじってつ(蕉門十哲)*」の俳人たちの作品紹介のようだ。
俳句について知っているのは五七五で構成される、季語がある程度のことだ。
無知をかみしめながら「俳句」を辞書で引いてみた。
*蕉門十哲:松尾芭蕉の弟子の中で、特に優れた高弟10人を指す語。

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:引用 広辞苑より
俳句 はい‐く【俳句】
①俳諧はいかいの句。こっけいな句。
②五・七・五の17音を定型とする短い詩。
連歌の発句ほっくの形式を継承したもので、季題や切字きれじをよみ込むのをならいとする。
明治中期、正岡子規の俳諧革新運動以後に広まった呼称であるが、江戸時代以前の俳諧の発句を含めて呼ぶこともある。
短歌と共に日本の短詩型文学の二潮流。定型・季題を否定する主張もある。

いきなり横道にそれるが、芭蕉と聞いて思い出したのは、大昔に読んだ「ちはやふる奥の細道」(小林信彦著)と言う作品だ。
パロディ作品が苦手な人もいるだろうが、なかなか面白かった。興味があればお暇なときに。

さて話題を俳句に戻して。
規則から離れて自由律の俳人、尾崎放哉(1885~1926)はどうだろう。
作品を少々。

  ねそべつて書いて居る手紙を鶏に覗かれる

  犬よちぎれるほど尾をふつてくれる

  酒もうる煙草もうる店となじみになつた

  昼の蚊たたいて古新聞よんで 

  入れものが無い両手で受ける

何という事もなく寂しく。
晩年は小豆島に暮らし海が好きだったと言う。自然は放哉を嫌うことが無かったようだ。
青い海の波音に送られながら逝ったことだろう。

  海が少し見える小さい窓一つもつ
  春の山のうしろから烟が出だした


もう一人同じ師を持つ同時代の俳人、種田山頭火(1882~1940)の作品も。
  分け入つても分け入つても青い山

  この旅、果もない旅のつくつくぼうし

  こころつかれて山が海がうつくしすぎる

  どうしてもねむれないよるの爪を切る

  まつすぐな道でさみしい

山頭火の日記を青空文庫で見つけた。
句集くらいしか見たことが無かったからちょっと読ませてもらう。
(青空文庫ボランティアの皆さん、ありがとうございます)
真剣かつ深刻であり滑稽でもある日記を読み続けると、あっという間に時が過ぎ夜更けとなった。
以下、日記から。

・朝酒と朝湯の礼賛
『朝酒はほんたうにうまい、一滴一杯が五臓六腑にしみわたるやうである。』

『朝湯朝酒、うらゝかな。ナマケモノであることをひし/\感じる。一人であることのよろしさ。』

・酒に飲まれる苦悩
~私は酒席に於て最も強く自己の矛盾を意識する、自我の分裂、内部の破綻をまざまざと見せつけられる。
酔いたいと思う私と酔うまいとする私とが、火と水とが叫ぶように、また神と悪魔とが戦うように、
私の腹のどん底で噛み合い押し合い啀いがみ合うている。
そして最後には、私の肉は虐げられ私の魂は泣き濡れて、遣瀬ない悪夢に沈んでしまうのである。~

今日はちょっとで止めておこうと思っても結局泥酔しちゃうんだよね。
その程度にリラックスして生きることが出来ないものか。

・行乞 偽僧侶?の托鉢生活に疲弊して
『私は労れた。歩くことにも労れたが、それよりも行乞の矛盾を繰り返すことに労れた。
袈裟のかげに隠れる、嘘の経文を読む、貰いの技巧を弄する、――応供の資格なくして供養を受ける苦脳には堪えきれなくなったのである。』

青年、壮年、初老と解決されることが無い苦悩を背負って。
子供時代の体験は解決されることなく死に向かっていく。
大酒は緩慢な自殺と言えるか。
いや。
ただの酒好きとしておこう。

・俳句作りに関する1節
『感動なくして制作するなかれ。ホントウの句は下手でもよろしいが、ウソの句は上手でも駄目。
多作寡作は素質により、その場その時の事情により、慣習によるでせう。句作より前に詩精神の涵養が大切。』

詩、俳句つくりは真正面からがっぷりよつで。

・死について
『私の念願は二つ。ただ二つある。ほんとうの自分の句を作りあげることがその一つ。
そして他の一つはころり往生である。病んでも長く苦しまないで、あれこれと厄介をかけないで、めでたい死を遂げたいのである。
――私は心臓麻痺か脳溢血で無造作に往生すると信じている。』

不器用でうまく生きられないけど、終始自己と向き合って彷徨い苦悩の中に人生を終えた。
望み通り最後は脳溢血で『コロリ往生』。

生涯そのものが俳句を巡る壮絶な旅。

  野ざらしを心に風のしむ身哉 (芭蕉)

放哉も山頭火も酒におぼれるダメおやじ。
純粋ゆえに経済活動は苦手。
はた目には愛すべき人物なのだが、家族は大迷惑。
まあ人間それほどうまく生き抜けない。

ここまで書き進んで、俳句なんて作ったことないが、ちょっと遊んでみようと思った。
血を吐く思いで句を吐き出した二人には申し訳ないが、思いついた句で遊ばせてもろうか。
自由律だし。体裁も出来栄えもなし。

  こんなよい月を一人で見て寝る (放哉)

  独りにも照らす月ある (放哉に和して)

  せきをしてもひとり (放哉)

  せきこんで気兼ねなきひとり (放哉に和して)

(自宅にて飼い犬の死に)

  コロリ往生する犬見送る

  禅寺で経読まれる犬

  卒塔婆にもカタカナの名

  生まれ変わりたどり着く犬の映画あり

  骨うまる犬の領地にトマト植え

  うっかり遠吠えをまねてみる

(ステイホームの今)
  ひとりごとにひとりごとかぶせる

  ころなの休日長い午後をしる

  人、あつまらないとはじまらない縁、日

やり始めてみるとなかなか面白い。自己満足に溺れながら止まらなくなってきた。
自由に思った通り出力すれば良いだろう。(違うかな)
ステイホーム、こんな時には家族で俳句を楽しむのもよいのではないか。
長い午後を家族の句会で。

最後に青空文庫から山頭火の「物を大切にする心」をそっくり引用したい。
いつもシンプルにナイーブに生きたいと願った彼が、その通り生きた証として。
(下記の山頭火四国巡礼は四十六歳位と思われる)
———————————————————————————————————–
物を大切にする心
種田山頭火

物を大切にする心はいのちをはぐくみそだてる温床である。
それはおのずから、神と偕ともにある世界、仏に融け入る境地へみちびく。

先年、四国霊場を行乞巡拝したとき、私はゆくりなくHという老遍路さんと道づれになった。
彼はいわゆる苦労人で、職業遍路(信心遍路に対して斯く呼ばれる)としては身心共に卑しくなかった。
いかなる動機でそういう境涯に落ちたかは彼自身も語らなかったし私からも訊ねなかった。
彼は数回目の巡拝で、四国の地理にも事情にも詳しかった。
もらいの多少、行程の緩急、宿の善悪、いろいろの点で私は教えられた。
二人は毎日あとになりさきになって歩いた。毎夜おなじ宿に泊って膳を共にし床を並べて親しんだ。
阿波――土佐――伊予路を辿りつつあった或る日、私たちは路傍の石に腰かけて休んだ。
彼も私も煙草入を取り出して世間話に連日の疲労も忘れていたが、ふと気づくと、彼はやたらにマッチを摺っている。
一服一本二本或は五本六本である!

――ずいぶんマッチを使いますね。

――ええ、マッチばかり貰って、たまってしようがない。売ったっていくらにもならないし、こうして減らすんです。

彼の返事を聞いて私は嫌な気がした。

彼の信心が本物でないことを知り、同行に値いしないことが解り、
彼に対して厭悪と憤懣との感情が湧き立ったけれど、私はそれをぐっと抑えつけて黙っていた。
詰なじったとて聞き入れるような彼ではなかったし、私としても説法するほどの自信を持っていなかった。
それから数日間、気まずい思いを抱きながら連れ立っていたが、どうにもこうにも堪えきれなくなり、
それとなく離ればなれになってしまったのである。

その後、彼はどうなったであろうか、まだ生きているだろうか、それとも死んでしまったろうか、
私は何かにつけて彼を想い出し彼の幸福を祈っているが、彼が悔い改めないかぎり、彼の末路の不幸は疑えないのである。
マッチ一本を大切にする心は太陽の恩恵を味解する。日光のありがたさを味解する人は一本のマッチでも粗末にはしない。

S夫人はインテリ女性であった。社交もうまく家政もまずくなかった。
一見して申分のないマダムであったけれど、惜むらくは貧乏の洗礼を受けていなかった。
とあるゆうべ、私はその家庭で意外な光景を見せつけられた。
――洗濯か何かする女中が水道の栓をあけっぱなしにしているのである。
水はとうとうとして溢れ流れる。文字通りの浪費である。それを知らぬ顔で夫人は澄ましこんでいるのである。
――女中の無智は憐むべし、夫人の横着は憎むべし、水の尊さ、勿体なさ……気の弱い私は何ともいえないでその場を立ち去った。
彼女もまた罰あたりである。彼女は物のねうちを知らない。貨幣価値しか知らない。
大粒のダイアモンドといえども握飯一つに如しかない場合があることを知らない。
大乗的見地からいえば、一切は不増不減であり、不生不滅である。浪費も節約もなく、有用も無駄もない。
だが、人間として浪費は許されない。人間社会に於ては無駄を無くしなければならない。
物の価値を尊び人の勤労を敬まわなければならないのである。
常時非常時に拘らず、貴賤貧富を問わず、私たちの生活態度は斯くあるべきであり斯くあらざるを得ない。
物そのもののねうち、それを味うことが生きることである。
物そのものがその徳性を発揮するところ、そこが仏性現前の境地である。
物の徳性を高揚せしめること、そのことが人間のつとめである。
私は臆面もなくH老人を責めS夫人を責めて饒舌であり過ぎた。
それはすべて私自身に向って説いて聞かせる言葉に外ならない。
———————————————————————————————————————-
(「広島逓友」昭和十三年九月)

    カテゴリー: コラム

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